「物語」は、金サジがここ十年来、民族、国籍、性別などといったアイデンティティを巡る問題について思考しつづけ、創出した作品群です。
それぞれの写真は緻密なセットアップにより、存在の根源に触れ、時間を跨ぎ、類を超え、営みや感情を掘り起こす世界を創造しています。
アジア的な神話世界と西洋美術史の引用が独自に融合されたイメージは強烈で、かつ尽きせぬ謎を投げかけます。
アイデンティティの揺らぎや葛藤。自己の立ち位置をぐらつかせる出来事との遭遇 ── そこでどうやって生きていくのか。
ジェンダー、家族制度、宗教、歴史......世の中の渦巻く状況の中、どこに足をつけて歩いていくのか。
それを見つけようとする「物語」がさまざまな時空で、写真と言葉(日・韓・英)によって展開されます。
あらすじやストーリーとは異なる、始まりも終わりもない「物語」に触れ、ひとりひとりが遡る痛みと、解き放たれる思いがあるでしょう。
あらゆる二項対立を受けて、表紙は鮮烈な赤と青。反転するオモテとウラ。
剥き出しの背表紙からは、赤と青の糸が傷のように、あるいは隔たりを縫い合わせるかのように覗きます。
ときにそれらの糸は、写真の上を静かに渡り、異なる時間を重ねています。
金サジ、待望の初写真集は、「漂い続ける人」の時代を深く穿ち、揺さぶる「物語」です。
金サジはコリアン・ディアスポラ(朝鮮系移民)が抱える重く苦痛に満ちた記憶に、新鮮な「トリッ クスター的エネルギー」を注入する。それは暗闇に光をもたらし、 歴史を回復し、新たな癒しの可能性を開いていく。
本書収載「トリックスターとトラウマ」より抜粋
グレッグ・ドボルザーク(文化研究者)
誰もが頷く理想的で観念的な正しさの手前で、当事者の心にはわだかまりが溜まっていく。この本は、そのわだかまりの昇華である。
REALKYOTO FORUM 文化時評6 「当事者性ということ」より抜粋
清水穣(美術、写真評論家)
サイズ:H320mm × W257mm
頁数:120ページ